農園名
やさいの森 石川自然農園
営農地域
長野県佐久市春日
主な販売品目
ズッキーニ、いんげん、モロッコ、コカブ、ソルガム等
主な販売先
宅配会社、青果店、生協等。
経営規模
3ha
農地(購入地/借地/自家用地)
全て借地
家族構成
本人、妻、子供、両親
農業従事者
本人、妻、両親、シーズンスタッフ、パート
農業機械、施設など
トラクター25馬力、マルチャー、ハンマーナイフモア、管理機、宿泊施設
就農しようと思ったわけ
「自然と調和する暮らし」「自分の本当にやりたいことを実現できる人生」を目指して。
就農までのドタバタ劇
研修に備えて、軽トラを中古で安く購入したものの、ペーパードライバーだったために運転が未熟で、購入後一週間で、車体大破の自損事故をおこす。修理代は車両本体価格を上回るものとなった…。
その他まだまだいっぱいあります(苦笑)
その他まだまだいっぱいあります(苦笑)
農業技術の習得
農業研修(2シーズン)、各種勉強会、圃場視察等。
しかし、何と言っても、自らの現場での失敗が一番糧になっています。
しかし、何と言っても、自らの現場での失敗が一番糧になっています。
研修など
通算2シーズンの農業研修を行いました。
(財)自然農法センターでの研修:
農学部卒業直後、実践経験がない状態で、農業の現場に飛び込みました。
毎日がとても新鮮で発見・感動の連続でした。種まき、発芽、成長、収穫、そして片づけまでの一連の作業を通して、また土や農業生態系の講義等を通して、農業の中に奥深い循環の世界を見ました。
有機農家での研修:
県の制度を活用しました。生産面はもちろんのこと、どう野菜を売って経営を成り立たせてゆくかという点で、意欲的な里親さんから学ぶことは多かったです。
上記以外でも、短期で色々な現場を見て、体験させていただく機会がありました。
栽培作物を選んだ理由
計画段階では、イメージ先行で、枝豆とほうれん草が中心となる経営を考えていましたが、結果的にズッキーニといんげんが中心作物となりました。
無農薬でも比較的作りやすく、取引先の評価も高く、かつ収益性も高いといった好条件を備えていたからです。
無農薬でも比較的作りやすく、取引先の評価も高く、かつ収益性も高いといった好条件を備えていたからです。
利用した資金制度
宿泊施設Kasugaiを取得するにあたって、農業近代化資金を利用。
農地の見つけ方
行政や農業委員会を通さず、全て人づてです。
就農して、2、3年と経つうちに自然と話が舞い込んでくるようになってきました。
自分から働きかける場合は、地元の親しい方に間に入っていただくと話がスムーズに進みやすいと思います。
就農して、2、3年と経つうちに自然と話が舞い込んでくるようになってきました。
自分から働きかける場合は、地元の親しい方に間に入っていただくと話がスムーズに進みやすいと思います。
就農後の紆余曲折
1年目:40a両親と3人で、貯蓄不十分でのスタート。(ぶっちゃけ、一年分の生活費もなかった)また十分な売り先がなく、直売所へ奔走する毎日。思うように売り上げが伸びず、11月からは畑は親に任せて、住み込みのアルバイトへ。何とか食いつないだ。
2年目:取引先からの引き合いがあり、主力作物にいんげんを据える。順調な生育だったが、時期の分散をうまく図れず収穫期になると一気に取れ出し、手が回らなくなる。さやいんげんが、いんげん豆になってしまった。(植物生理的に言うと、栄養生長から生殖生長への転換)
農閑期にオーストラリアへ行き、約1か月滞在。自由に暮らす人々に感銘を受ける。WWOOF(ファームステイ)を通して、受け入れ型農業の魅力を体感。
3年目:前年の反省(収穫期の人手不足)を解消すべく、ボラバイト(住み込みのアルバイト)を導入。
またオーストラリアの経験などから、単純に労働力の目的だけで、受け入れたくないと思った。そういう意味で自分なりに工夫した。
結果、夏の売り上げを一気に伸ばすとともに、受け入れる楽しさを知る。
(この年の8月1か月間の売り上げ>1年目のシーズン売り上げ)
この年以降、農閑期のアルバイトから解放された。
4年目:ボラバイト受け入れ2年目。
5月、やってきたのは化学物質過敏症を抱えた青年。しばらく彼との共同生活。
車の排気ガス、芳香剤、オイル、そして周囲での農薬散布…彼にとっての障害は日常の至る所にあった。
顔色が悪くなり、ぐったりする彼の姿を目にすることがよくあった。
このまま受け入れ続けていいのだろうか。正直、葛藤を抱えた。
そんなある日、苦しそうにしながら「もうここには住めません…」
結局、彼は7月上旬、帰ることとなった。
自分はいくら無農薬農業であっても、周りは高原野菜の産地。目に付くどこかしらの圃場で、毎日のように農薬の散布がなされている。エリアとしては無農薬ではないことを痛感。考えさせられる出来事となった。
5年目:両親とボラバイターをどうやってまとめていくか葛藤。規模に応じた体制を作れず、色々ロスもあった。また生産も上手くいかず、売り上げも伸び悩み、今のやり方での限界を感じる。
またこの年をもって契約が切れて、就農時から借りていた畑を返すこととなった。
1月、農業近代化資金を借りて、春日エリアにある中古の建物を購入。(就農2年目、オーストラリアから帰ってきてすぐ、たままた使われていない未完成のこの建物を見つけて、農業の宿泊施設として使いたいなと構想を描いてから、実に3年後のことだった。)
研修生・ボラバイター等のための宿泊施設として活用すべく準備開始。春日で何かと何かがつながる場所との思いから、Kasugai(かすがい)と名付ける。
6年目:拠点を移す。高原野菜の産地から移動して、遊休農地がたくさんある春日エリアへ。
ハウスの解体やら、引っ越しやら、Kasugaiの準備、等々でてんやわんや。
長野県新規就農里親制度の里親となり、研修生を受け入れ始める。
7年目:200a。研修生3人。JAS有機認証取得。
人数が増えてきて、合理的な仕事のしくみを作る必要性を強く感じる。
ミーティングを重視し、メンバーの意見を聞きながら一つずつ合理化を図る。
一時期、メンバーの半分が音楽家となり、Kasugaiに太鼓の音が響き渡った。
8年目:以前からやりたかった農業体験の受け入れを小さく始める予定。
…その後も色々ありましたが、今シーズンで就農17年目です。
2年目:取引先からの引き合いがあり、主力作物にいんげんを据える。順調な生育だったが、時期の分散をうまく図れず収穫期になると一気に取れ出し、手が回らなくなる。さやいんげんが、いんげん豆になってしまった。(植物生理的に言うと、栄養生長から生殖生長への転換)
農閑期にオーストラリアへ行き、約1か月滞在。自由に暮らす人々に感銘を受ける。WWOOF(ファームステイ)を通して、受け入れ型農業の魅力を体感。
3年目:前年の反省(収穫期の人手不足)を解消すべく、ボラバイト(住み込みのアルバイト)を導入。
またオーストラリアの経験などから、単純に労働力の目的だけで、受け入れたくないと思った。そういう意味で自分なりに工夫した。
結果、夏の売り上げを一気に伸ばすとともに、受け入れる楽しさを知る。
(この年の8月1か月間の売り上げ>1年目のシーズン売り上げ)
この年以降、農閑期のアルバイトから解放された。
4年目:ボラバイト受け入れ2年目。
5月、やってきたのは化学物質過敏症を抱えた青年。しばらく彼との共同生活。
車の排気ガス、芳香剤、オイル、そして周囲での農薬散布…彼にとっての障害は日常の至る所にあった。
顔色が悪くなり、ぐったりする彼の姿を目にすることがよくあった。
このまま受け入れ続けていいのだろうか。正直、葛藤を抱えた。
そんなある日、苦しそうにしながら「もうここには住めません…」
結局、彼は7月上旬、帰ることとなった。
自分はいくら無農薬農業であっても、周りは高原野菜の産地。目に付くどこかしらの圃場で、毎日のように農薬の散布がなされている。エリアとしては無農薬ではないことを痛感。考えさせられる出来事となった。
5年目:両親とボラバイターをどうやってまとめていくか葛藤。規模に応じた体制を作れず、色々ロスもあった。また生産も上手くいかず、売り上げも伸び悩み、今のやり方での限界を感じる。
またこの年をもって契約が切れて、就農時から借りていた畑を返すこととなった。
1月、農業近代化資金を借りて、春日エリアにある中古の建物を購入。(就農2年目、オーストラリアから帰ってきてすぐ、たままた使われていない未完成のこの建物を見つけて、農業の宿泊施設として使いたいなと構想を描いてから、実に3年後のことだった。)
研修生・ボラバイター等のための宿泊施設として活用すべく準備開始。春日で何かと何かがつながる場所との思いから、Kasugai(かすがい)と名付ける。
6年目:拠点を移す。高原野菜の産地から移動して、遊休農地がたくさんある春日エリアへ。
ハウスの解体やら、引っ越しやら、Kasugaiの準備、等々でてんやわんや。
長野県新規就農里親制度の里親となり、研修生を受け入れ始める。
7年目:200a。研修生3人。JAS有機認証取得。
人数が増えてきて、合理的な仕事のしくみを作る必要性を強く感じる。
ミーティングを重視し、メンバーの意見を聞きながら一つずつ合理化を図る。
一時期、メンバーの半分が音楽家となり、Kasugaiに太鼓の音が響き渡った。
8年目:以前からやりたかった農業体験の受け入れを小さく始める予定。
…その後も色々ありましたが、今シーズンで就農17年目です。
農業に取り組む上で大切にしていること、今後の目標など
まず、栽培方法に関して、有機(≒無農薬・無化学肥料)というのは自分の農業の前提条件。そもそも「自然との調和」を志向して農業を始めました。その自分なりの「自然との調和」の根拠が、有機なのです。
また一方、資材としてただ有機肥料を使っていて無農薬だから有機農業だというのもしっくりきません。それを超えて、有機的につながっている一環としての農業、色んなものがつながる場としての農業を志向しています。
それを形にするために、これからは、農業生産だけにとどまらない場を作ってゆきたいと考えています。
具体的には、消費者を招いての農園ごはん会、農業体験、農園キャンプ、手作り加工体験などなど。
農業から派生する様々な価値観を生産者−消費者を超えた仲間で共有し、豊かな時間を増やしていくのが今後の目標です。
新規就農に関する社会状況や問題点など
農業者の高齢化が進み、遊休農地がたくさんあるというこの状況は、やる気のある新規就農希望者にとってチャンスだと思います。
また世の中の流れが急変するこの時代、逆に、自然の法則に従い、地に足をついてゆくという価値観が見直される時に来ていると思います。
また世の中の流れが急変するこの時代、逆に、自然の法則に従い、地に足をついてゆくという価値観が見直される時に来ていると思います。
就農希望者の受け入れ
長野県新規就農支援制度の里親に登録しています。
話や本などで知って、農業に関心はあるけれど、いま一歩を踏み出せないという方も多いと思います。しかし、農業は頭の中で行うことではなく、実際に体を使って行うこと。まずは実際に現場に出て農業を体で感じることがとても大切です。
私も就農前は多くの農家さんのお世話になり、転々と様々な農の現場を体験させていただきました。その経験は大きな糧になっています。
その恩返しという訳ではありませんが…
私としましても、見学、体験(日帰り、短期宿泊)、里親研修、受け入れを歓迎いたします。
ただこちらも受け皿としての限界がありますので、いつでも誰でもという訳にはいきませんが、農業に対しての思いを持った方でしたら、相談した上でできるだけ柔軟にお答えできるようにしたいと思っています。
また研修に関しては、きちんと話し合って、研修の目的を明確にして有意義なものにしましょう。新規就農経験者だからこそできる、できるだけお金をかけない柔軟なスタイルの農業を、実践を通して学んでいただきたいと思います。
話や本などで知って、農業に関心はあるけれど、いま一歩を踏み出せないという方も多いと思います。しかし、農業は頭の中で行うことではなく、実際に体を使って行うこと。まずは実際に現場に出て農業を体で感じることがとても大切です。
私も就農前は多くの農家さんのお世話になり、転々と様々な農の現場を体験させていただきました。その経験は大きな糧になっています。
その恩返しという訳ではありませんが…
私としましても、見学、体験(日帰り、短期宿泊)、里親研修、受け入れを歓迎いたします。
ただこちらも受け皿としての限界がありますので、いつでも誰でもという訳にはいきませんが、農業に対しての思いを持った方でしたら、相談した上でできるだけ柔軟にお答えできるようにしたいと思っています。
また研修に関しては、きちんと話し合って、研修の目的を明確にして有意義なものにしましょう。新規就農経験者だからこそできる、できるだけお金をかけない柔軟なスタイルの農業を、実践を通して学んでいただきたいと思います。
その他
佐久は有機農家が多く、販路も多様です。この地で農業できてよかったです。
研修・アルバイト情報
繁忙期(6~9月)のアルバイトを募集しています。
農業インターンシップの受け入れもしております。
お問い合わせください。
連絡先
農園主氏名
石川 徹
農園郵便番号
384-2205
農園住所
長野県佐久市春日5906-38
農園メールアドレス
yasainomori@gmail.com