農園名
TATESHINA87.Company
農園プロフィール
たてしなフラワー(87)カンパニーと読みます。
茅野市北山、朝倉山の麓でコサージュ仕立てのリシアンサスとラナンキュラスを栽培しています。
営農地域
茅野市北山
主な販売品目
リシアンサス、ラナンキュラス
主な販売先
国内の花卉市場、市場を通じて輸出もしています。
経営規模
パイプハウス 100坪3棟、連棟200坪2棟 合計700坪
農地(購入地/借地/自家用地)
すべて借入
家族構成
妻、長女、長男
農業従事者
本人、妻、妹、義父、アルバイト4人
農業機械、施設など
STXパイプハウス 3棟(新設)、循環扇、加温機付き
コンクラパイプハウス連棟 2棟(中古移設)、循環扇、加温機付き
6坪冷蔵庫 2棟
トラクター2台(新車24馬力1台、中古22馬力1台)
軽トラ、軽ワゴン、管理機、潅水用ポンプ、動噴
出荷作業用ハウス8m×20m
農業機械、施設等の入手経緯や方法
連棟ハウスは、地元の方から譲ってもらい、移設。 中古のトラクター、冷蔵庫2台以外は、すべて新規購入。
就農しようと思ったわけ
「会社は経営者の器で決まる」
自分で決めて、自分でやって、自分に返ってくる。自分がどこまでできるのか、試してみたくなったので。
就農までのドタバタ劇
食品メーカーに勤務していたこともあり、日本はすでに食糧危機に直面していることを痛感。
多くを輸入に頼ってる現状では、お金を出しても買えない時が必ず来るから、
自分で作るしかない!→それなら農業をやろう!→よしっ会社を辞めよう!→長野に行こう!
ここまで即決。さて、何を作ろうか?その前にどうやって農家になればいい?とりあえず長野県に相談だ!と新規就農相談の窓口に行き、長野県農業大学校に行けば農業の勉強ができるとのことで、そこで基礎的なことを学びながら、何を作るか決めればいいやと思い、退職。受験する前にさっさと通学できるところへ引っ越し。受験時には、会社を辞めて、引っ越しも済ませているので、合格させてもらわないと困ります!とやる気満々アピールで無事合格。
その受験がきっかけで、花の栽培を進められ、専攻が花になり、勉強していたら、ここで学ぶより研修生として、実際の現場で学んだ方がいいと感じ、学校は1年で退学。研修先は松本なので、また引っ越し。そこで1年間研修を受け、就農地が茅野に決まり、就農地の圃場のすぐそばに中古の物件があり、即購入。築140年の古民家をリフォームし、就農と同時にまた引っ越し。様々な出会いのお陰で、無事就農。
様々な就農支援事業の条件に、新規就農し経営を開始する時の年齢が、概ね45歳未満となっているものがほとんどで、逆算したら、今しかない!ということもあり、勢いでここまできました。
食糧危機になっても困らないように、長野で農業をやるはずが、いつの間にか花卉栽培に変わり、学校でも花の勉強をしていたので、野菜にもコメにも触れることなく就農してしまい、結局自分の食べるものは今も昔も変わらず購入しています(笑)。
そう言えば、高校3年生の夏、アメリカンフットボールの試合をルールもわからずに観戦した事から、アメフトやりたい→大学に行けばできる→大学に行こう→受験勉強するしかない!と勢いで進路も決まったので、就農までというより、人生そのものがドタバタ劇です。
農業技術の習得
長野県農業大学校の実践経営者コースで1年間(中退)。
当初の予定ではこの学校で2年間勉強し、パンフレットに載っていた通りに就農するつもりでした。
退学後、農業研修生として1年間、現場で実習。
何年勉強しても、何年研修しても、習得できることは限られており、実際に就農しても常に勉強です。
研修など
信州ぷ組勉強会、土壌分析の勉強会
栽培作物を選んだ理由
とある人物に会い、その経営感覚が自分の琴線に触れた事から、この人と一緒にやっていきたいとおもうようになり、その方が切り花の生産者だったので。
就農地が標高1,000mで、花卉栽培に適していたこともあり、研修先でつくっていたリシアンサスと、ラナンキュラスになりました。
利用した資金制度
農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)
農地の見つけ方
妻の実家の周りに畑がたくさんあり、地主を調べ、義父が話をしてくれ、借りられることに。
見知らぬ土地で、突然自分が訪ねて行ったら借りられなかったと思います。
周りに畑はいくらでもあり、規模拡大の農地も見つかっています。
移住してきて農業をしているのは僕だけです。
連絡先
農園主氏名
齊藤 祐一
農園郵便番号
391-0301
農園住所
長野県茅野市北山
農園電話番号
090-5459-7486
農園ファクス番号
0266-55-6170
農園メールアドレス
kitayama87.company@gmail.com