農園名
GRAPPLE TAKADA
農園プロフィール
大切な人と ”とき” を奏でるぶどうとりんごをつくっています。人との共感が大好きなわが家。「地と人と密着して営む」ことをモットーに、ともに出会い過ごすことで生まれる豊かな時間を畑から届けています。わが家の果樹園をベースに、信州伊那谷の大自然を頭のてっぺんから足のつま先まで感じる。東京えどがわの家族を迎えたワイルドキャンプ、地元小学校のりんご体験会、地元のご家族が集い楽しむ収穫祭。30-50名程度の様々な企画を畑から発信して地域を盛り上げていこうと思っています。
そして、移住して初めて知ったぶどうとりんごの味は、東京で暮らした40年間知らなかった味。健康な木で育った果物のおいしさをしっかりと守っていくことを大事にしています。
営農地域
長野県上伊那郡箕輪町
主な販売品目
ぶどう/ナガノパープル、シャインマスカットを主力に、シナノスマイル、巨峰、ピオーネ、デラウェア、スチューベン、ナイアガラなど りんご/シナノスイート、ふじを主力に、シナノゴールド、王林、紅玉、ぐんま名月、夏明など
主な販売先
個人宅配, JA出荷, 小売 (セブンイレブン, 新聞販売店, 飲食菓子店など)
経営規模
ぶどう50a, りんご70a
農地(購入地/借地/自家用地)
全て借地
家族構成
本人、妻、三人娘のにぎやか5人家族
農業従事者
本人、妻
農業機械、施設など
乗用モア1台、SS(スピードスプレイヤー)1台、管理機 1台
農業機械、施設等の入手経緯や方法
使わなくなった機械として安く譲ってもらったり、自分で新規購入。中古屋に顔を出してアンテナを張り続けたり、農協などの農家のつながりの中で必要な機械を話したりした。また農機屋の技術者と仲良くなり、中古で入手したものを長く使えるよう修理やメンテナンスを十分行っている。
就農しようと思ったわけ
東日本大震災直後の2011年4月。都心の混乱の中に最終準備して知り合いも親戚もいない信州みのわに移住。長野県の新規就農里親研修生として巨峰栽培の巨匠, 元果樹試験場長に就いて基本を学びました。新しいものを常に追いかけるくせのある私。思い返せば移住2年前。40歳を迎えたある日、60歳までの20年を想い、もう一回成人が迎えられるなら何かできるはず、一度きりの人生思ってることをやってみよう!と考えたのでした。

高校からベースを弾き始め、大学~入社数年までバンドにハマりました。初対面の人と一緒に「演奏のとき(時間)」を共にすると自然と仲良くなれることが楽しくてたまりませんでした。卒業後、紙会社の研究所サラリーマンとして17年間務め、新製品開発や新規事業挑戦という部署に一貫して就きました。数年で一度めまぐるしく変わる仕事。いつも新しいことに挑戦する苦しさと楽しさの素地を育ててもらいました。

江戸川在住時代。会社の仕事の傍らに書籍「エンデの遺言」、童話「モモ」に出会います。お金の本質を知り地域通貨に興味を持ち、地域通貨を始めていたNPO足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわに参加。もともと”グローバル=世界は一つ”という見方の限界を感じていたところに、石油の限界オイルピークを知り、ローカルの大切さを理屈で知ります。会社でも新事業開発プロジェクトなど将来の会社の姿を描き発表の場を何度も頂きました。そういう場で同じにおいを感じる仲間をつくり、前に進むキッカケにつなげることができませんでした。歴史ある組織の価値基準をかえていく時間スケールの大きさ、難しさを学びました。時を同じくして、子どもを授かり、「ヤゴとり」などの地域の子どもとの活動を企画実行。そこで出会う親、子、虫博士など世代を超えた「人とつながるとき(時間)」が鋭気をくれることを実感しました。誰かしらない不特定多数に売れるものをつくり社会を回す原動力になるよりも、地域密着で顔が見える活動を業として少しずつ違う価値を社会に残していきたい。そんな想いが心の奥底に産まれていました。
 
話しは変わって、わが家は毎年夏に木曽駒ヶ岳千畳敷カールへ旅行。歩けるようになったら千畳敷へがわが家の試練。千畳敷から乗越浄土まで毎年少しずつ到達点を上げ、10年かけて登り切りました(笑)。通ううちに信州伊那谷に魅了されていきます。ある年の夏。「ここに住みたい!」の妻の一言が私の頭の導火線に火をつけました。新たなことが生まれるのはここかもしれない!伊那谷に来るなら家庭菜園など必ず土をさわる生活になるはず。一度もさわったことのない土。これがキライならダメだろうと、駒ヶ根市の新規就農準備校へ家族で1年間参加を考え始めます。毎月1回週末1泊2日。旅費を心配したけど、なんと高速がどこまで言っても休日1000円。こりゃ呼んでるよと、東京から駒ヶ根まで渋滞に巻き込まれ5時間。嫌になったらやめりゃいいと家族で通い始めていました。農作業体験やそこで出会う人々。「作業や出会いのとき(時間)」は渋滞やお金にかえられない魅力がたくさん。結局最後まで通う中、農を業にすることを決断。そして今に至ります。

「大切な人と、とき(瞬、時間、時代)を奏る」ことを実践したい、応援したい。そんな気持ちがわが家の農業の原点です。そして、この原点の思いを引き出してくれたのが信州ぷ組。これからも信州で仲間とともに家族とともに思いを実現していきます。
農業技術の習得
信州ぷ組各種勉強会、上伊那果樹クラブ勉強会、長野県農業技術研究実証試験への参加など。
研修など
農業を始めるにあたり、長野県新規就農里親研修2年、上伊那農業インターン研修3年の実地研修を受けた。
栽培作物を選んだ理由
<ぶどう> 主品目に考えている。その選択理由は、
1)小さい栽培面積で高い農業収入が得られること
後参入となる新規就農者は休耕地等からのスタートとなり広面積での就農は望めないと考えた。(そうでもない場合があることは後で知る)長野県の農業経営指標を参考にして表計算でパチパチやって栽培作物を決め、上伊那でできるかを新規就農準備校にて相談した。家族5人での移住。家計消費も馬鹿にならないことを移住前に調べた。それに見合う収入目標も勘案した。

2)栽培技術を学ぶ先生につけること
農業未経験のわが家。立ち上げを早くするためには先生に就くことが必須と思った。移住した町にぶどう栽培の巨匠が住んでいたこと、その先生が地域のリーダー的存在であったことも大きな選定理由の一つ。

<りんご> 複合品目に考えている。選択理由は、上伊那はりんごの産地でりんご農家が多い。初めての農業なら仲間が多い方がいいと強く勧められたから。りんごの晩生種とぶどうは栽培期間をうまくずらして組み合わせることができる。長く販売期間をもつことで収入を増やすことと、単一栽培でのリスク分散もできると考えたから。実際にりんご農家のつながりで様々な出会いをつかんだ。産地なら産地の品目を選ぶというのはいろいろな意味で追い風をつくってくれると思う。
利用した資金制度
長野県担い手基金:研修助成金、住宅費助成
上伊那農業インターン制度
上伊那農協リース事業(果樹園の棚新設)
農地の見つけ方
栽培作物をとりあえず「ぶどう」と決めたことで、地域の普及センターやJA、役場の産業農政課の方々から具体的な提案を受けることができるようになった。農地はJAの営農課に相談したことで一気に話しが具体化した。
農業に取り組む上で大切にしていること、今後の目標など
無農薬、無施肥、自然栽培などメディアで取り上げられているが特定の栽培法に興味はない。植物の本質、土の本質、薬の本質を掘り下げ、自分の畑に会ったスタイルを畑とともにつくりあげていくことを目指している。畑の地上と土壌にいる生物の活動をうまく利用して畑環境を作る一員としてかかわり、健康なぶどうとりんごの木を育てていきたい。その結果として減農薬や減肥料などが実現できればよい。 栽培技術については、信州ぷ組、上伊那果樹クラブで主に学んでいる。自分の感でなく、専門的技術知識を持っている方から意見を聴き、自分の畑で実践することで学ぶのが大事だと思う。総合的に学んだり、個別の疑問を投げかけたりして毎年一歩ずつ研鑽していく。
就農希望者の受け入れ
移住&就農した生の声を果樹園作業しながらお話しする時間でよければ、Welcomeです。
就農希望者へのメッセージ
農業は栽培技術はもちろんですが、今最も重要なのは販売チャネルの再構築だと思います。栽培技術の習得には長野県の農業技術関係者(普及センター、試験場等)、JAの技術員、地元の先輩農家などがいるので充実しています。学ぶ場を自分で見つけ、真似から始め、評価を受け、改善を考えることができます。しかし、販売チャネルは経営者個人が考える領域。生の本当の部分はなかなか相談し難いところと感じています。ご自分の思いで人を巻き込む、変わらぬ秘めたパワーがいるなと思います。

農業は転職の際に、他の業界にはない手厚い資金制度による保護が受けられます。こんないい独立転職ほかにはないだろうと思います。多くの資金制度は45歳未満への支援が多いですので、自分が受けられる資金支援制度は一度調べるられることを勧めます。でも、支援は入り口。入ったら自分で切り開き稼ぐが基本。補助金目当てに甘えれば目指す未来は遠のきます。
自然力を利用した産業なので、生産製造業としてだけでなく、様々なサービスとつながることができる可能性のある業態だと思います。夢を持って、家族で真剣に生きる、密度の高いとき(時間)を過ごすことは、必ずや神様が見守ってくれると思います。

果樹の場合、農業機械装備も大事。当初は家計消費以外へ充てられる資金が少ないない。中古物品を安く譲り受けたりすることが必須になると思います。畑だけでなく、家も大事。私の場合は、箕輪町が地域事業として農業振興を考えている状況があり、町役場の方が積極的に借家探しをサポートしてくました。地域によっては自分で探す必要もあるでしょう。そのためにも、日頃からJAや農業委員、町役場など農業をサポートしてくれる方々とよい関係をつくることが大切と思います。何事も独りよがりでは成し遂げられないと思います。
連絡先
農園主氏名
髙田知行
農園郵便番号
3994601
農園住所
長野県上伊那郡箕輪町
農園メールアドレス
kamiinanokaori@gmail.com