農園名
季来里ふぁーむ・すずき
農園プロフィール
「四季をとおして、ふと来てみたくなる、ふる里のような場所でありたい」と思いを込めて命名
営農地域
長野県東筑摩郡生坂村、安曇野市明科
主な販売品目
ぶどうの全国発送(種あり、種無し巨峰・ナガノパープル・シャインマスカット他)加工部門:葡萄ジャム販売
主な販売先
個人(95%)、スーパー直売コーナー、JA他
経営規模
「有核巨峰」16a「無核巨峰」「シャインマスカット」「ナガノパープル」他20品種 36a 合計露地52aワインぶどう(育成中)370a
農地(購入地/借地/自家用地)
借地
家族構成
本人、妻、犬3匹
農業従事者
本人、妻、作業時パート5人
農業機械、施設など
乗用モア、SS(スピードスプレイヤー)、運搬車、管理機、高圧洗浄機、刈払い機、チェンソー
就農しようと思ったわけ
・・『やらないで後悔するより、後悔しない人生の選択』・・・・
就職を決める際、これといったものがなく悩んだ。一日、一年の大半を仕事で時間を使うのだから、せっかくやるならばやりたいこと、興味のある分野での仕事をした方が良い仕事が出来るだろうし、自分自身も幸せで充実した人生を過ごせるのではないかと考えていた。
そこで、「モノづくり」「スケールの大きい」仕事がしたいと思い、不動産会社に入社。
仕事は、やりがいもあっておもしろいこともあったが、「自分でつくっている実感が無い」「達成感がない」「自分は、この会社に必要とされているのか?ただ、大きな中でのほんの一部分でしかない」などと疑問を感じるようになった。
サラリーマンをやりながら「自分が本当にやりたい仕事」をさがしていたような気がする。人は、生きる為に働く。そこから学び、進化する。現状では、満たされなかった。自分を必要とされるところで働きたい。「自然と接することの出来る暮らし・仕事がしたい!」と、漠然と考えるようになった。
ガーデニングを楽しむうちに植物を育てることでその生命力に感動しその手伝いが出来ればと思い「植物を育てて、自分で作って売る」職業=農業ということで、農業に目が向いた。妻に相談したところ、なんのためらいもなく賛同してくれた。妻は、生け花を小学生のころからやっていたため植物が好きで、田舎暮らしにも興味をもっていたようだ。
農家出身ではないので、農業が出来るのか?インターネットや本、ニューファーマーズフェアに行きまた、新規就農者の方の話を聞き情報を収集した。
農業とはどんなものか、頭で考えるだけではなく、体験してみようと思い夫婦でワーキングホリデーに参加したり、「就農準備校」や「家庭菜園教室」に通ったりした。
就農準備校や家庭菜園教室は週末に行われ家から車で一時間もかかるが、それが楽しみで朝早くから暗くなるまで夢中で作業をした。どんなときでも苦にならなかった。人生で初めて、こんなに夢中になることなどないくらいに。
農業にやりがいを感じ、「どうしても、農業をやってみたい!!」と、あらためて実感した。
農業技術の習得
JA指導会、県農業改良普及センター技術員や周りの農家からの指導、果樹研究会研修会など
研修など
生坂村新規就農研修(3年間) 就農前は就農準備校(神奈川県伊勢原市)に2年間通う
栽培作物を選んだ理由
何を作るか?どんな農業をするか?と、考えた時に好きな食べ物を作りたい→くだものとたどり着き、作るだけではなく自分達で売る、直接お客さんの声がきける、直売や観光農園といった農業のスタイルをやってみたいと考えた。
考えたり、悩んだりしているだけではダメだと思い、興味のある作物や受け入れ態勢を行っている県や農業法人に実際に訪れ、話を聞いたり体験もさせてもらった。その中で、長野県の就農相談会に行き、長野県生坂村の研修制度を知った。
生坂村は、巨峰の産地で新規参入者の受け入れ体制(3年間、巨峰等の栽培管理の研修を受け手当てをもらいながら、自分でも成木の巨峰園を借りて栽培し経営する。)が整っており、また、自分のやりたいスタイルの農業ができるということで大きく魅力を感じた。
長野県は、東京からも近くて小さい頃から旅行にきたり、スキーにも行き、学生時代の友人もおり馴染みがあった。信州というブランドは販売に有利なのでは?
また、寒暖の差がおいしいくだもの作りには良い条件だということも長野県に目が向いた理由の一つ。
H16年に就農して12年目のH27年秋、ワインぶどう生産するべく、 農地を賃借した。
なぜわいんぶどうか?
12年前、初めて生坂村に見学しに来た後、山を越えて池田町へ向かった。山の中を通り抜け、視界が広がった瞬間、北アルプスの山々が目に飛び込んできた。6月下旬だったと思う。少し曇っていたが、とてもその山々が雄大で、迫力があって、自分の中に衝撃を受けた。なんて素晴らしい景色なんだ!と感動した。そして、このような景色を見ながらいずれは生活したいな、と強く思った。
11年前、神奈川県から、サラリーマンをやめて農業(生食用ぶどうの生産販売)で食べて行くぞ!と決めて長野県に移住し、失敗できないプレッシャーとも戦い、張りつめていて毎日が必死だった。そんな中、たまに見る北アルプスを見て癒される自分達がいた。
今、自分達の生食ぶどう園は殆どが露地で、一部雨よけビニールがかかっているところがあるが、露地と雨よけのぶどうを比較すると、味なら露地、見た目(形)を重視するなら雨よけで栽培するのがベストである。生食ぶどうは見た目が重視。同じ手を掛け愛情をかけているのに、形が悪いと評価が低いことに疑問を感じている。
常々思っていることは、お客さんの心に残るぶどうを提供すること。それは、ぶどう『本来』の味を引き出すこと、追及することだと考えている。その土地の空気、光、水、風、自然のなかではぐくまれたぶどう。そこに人が寄り添い、生産、販売する。このスタイルが自分達にとって求める農業だと思う。
お客さんとのふれあいを求めて就農1年目から観光農園を始めた。当初はお客さんも少なく、直接ふれあうこともできたが、年々お陰様でお客さんが増え、全国発送と接客の同時進行が、自分達だけでは対応できない状況になった。自分達は発送作業、お客さん対応はパートさんの仕事となり、自分たちが、直接お客さんの声を聞いたり、接することが難しくなったのが現在の状況。本当はお客さんと対話するなどして販売するスタイルの農業をしたくて観光農園をはじめたため、現在の状況をもどかしく感じている。
数年前、自分達の巨峰で作った巨峰ジュースを販売した。東京で開催されているマルシェに行ったり、葡萄購入のお客さんに直接販売したり、夫婦2人で農閑期じっくりと販売に取り組んだ。お客さんからの評判は上々だった。ワインはないの?とよく聞かれた。その時、自分達で作ったぶどうでつくるワインはどんな味がするのだろうと興味がでてきた。
ワインは、ぶどうそのものを発酵したもので、原料であるぶどうが命。ワインは農産物だという人もいる。ワインぶどうは、栽培する土地、気候で出来が左右されるため、ワインの味はそのぶどうが育った畑を味わうという。形は問わない。味がすべて。いいワインをつくるには、いいブドウから、とも言われている。ぶどう本来の味を追求すると、いいワインに繋がるのではと思った。発酵するうえで、微生物で変化することも目に見えないので神秘的で興味深い。また昔から、世界中で飲まれていて、世界が舞台となる。また熟成することで、時代をこえて飲むことができ、味も変わり、評価も変わる。ワインのある食卓はエレガント、たのしい会話がそこにある。そして食事が美味しくなる。自分の栽培したぶどうからつくられるワインはどんなワインになるのだろう、と考えただけでワクワクした。そしてワインぶどうに挑戦したいという気持ちが大きく膨らみ、自分達の求める農業のスタイルがワインぶどう栽培にあるのではないかという思いが強くなってきた。
そんな中、数年前、東御市のヴィラデストワイナリーに行った。垣根のワインぶどう棚と周りの山々の風景。とても癒され美しく感動した。ワインぶどうを生産したい、こんな空間を作りたい、と強く確信した。ワインぶどう栽培をやってみたいが、どこでやろうか?と考えたとき12年前を思い出し、北アルプスの見えるところでワインぶどうを栽培したいと湧き上がってきた。
そんな時、安曇野市明科天王原地区での荒廃農地再生事業の取り組みを知り、現地を見させてもらった。まさに自分達が思い描いていた、北アルプスが目の前に広がる場所だった。その天王原に一目ぼれし、思い描いていた理想の土地に出会ったと感じた。また開墾のお手伝いをさせていただいた時、明科の農地を守る会、安曇野市の農業委員さんのこの天王原を何とかしよういう熱い気持ちが伝わってきた。荒廃農地を開墾してワインぶどうを植えて農地再生し、営農し続ければ、地元の人たちのお役にたつであろう。人の役にたつ、喜ばれる仕事がしたいとサラリーマン時代に思っていて、農業に転職した要因の一つ。自分も天王原でワインぶどう栽培をやりたいと強く思った。
将来は、天王原すべてがワインぶどう畑となり、そのぶどうで醸造するワイナリーを生産者でつくる。ワイナリーがあれば、ワインを求めに人が集まる。レストランがあれば尚、地元の人など集まりやすく、ワインをその場で堪能できる。宿泊施設があれば、遠方からも人が集まりやすく、車で来る人もワインが飲める。次の日は近くを観光できる。
収穫体験のイベントや作業時も何かイベントをして、その後例えばBBQしてワインを飲む。一年通して、お客さんを集める。自分達の農園『季来里ふぁーむ・すずき』の名前は、『四季を通してふと来てみたくなる、ふる里のような場所ありたい』という思いを込めて命名した。ワインぶどう栽培を通して、農園名の由来のような場所にしていきたい。みんなが楽しく笑顔あふれる空間があり、沢山の人が来ることで、天王原、明科、安曇野が活性化する。農業、観光、飲食の強い結びつき、循環することで地域活性化し、是非、荒廃農地の再生の仲間に加えさせていただき、その一端を私達も担っていきたいです。
農地の見つけ方
生坂村農業公社の斡旋
安曇野市農業委員会の斡旋
就農後の紆余曲折
新規就農してからの10年間、豊作と不作の良い時も悪い時も両方を経験した。葡萄達が応えてくれる喜びを感じた反面、天候に左右される農業は、手をかければかけただけの成果が残念ながら伴わないことも身にしみて経験した。人間の力ではどうにもできない自然の力を目の当りにし、初めての不作を経験した時には正直、何のためにやってきたのかと、心も体もずたずたに打ち砕かれこの気持ちをどこにぶつけたらいいのか苦しんだこともある。その時はまだ経験年数も浅く、手をかければ必ず応えてくれるものだと見返りを求めて葡萄達に接していたのだと思う。経験値を重ねていくうちに、毎年変化する自然環境の中でいかに葡萄達が、最大限の力を発揮できるようにするかが葡萄農家である自分の本当の役割なのだと気づいた。自分自身も自然の中の本当に小さな存在であり、自然の流れの中で精一杯汗して、涙して、どんな状況でも謙虚な気持ちと素直な心を持ち葡萄と向き合うことが技術向上にも繋がり、自分自身も成長できるのだと気づかされた。
10年を通してやってきた葡萄作業と、葡萄の成長に合わせた生活を送る中で、夫婦で力を合わせて葡萄の仕事をしてきたので、真夏の暑い日だろうと、梅雨の雨の中だろうと、冬の寒い日だろうと、外作業をやる強い精神力、根性は鍛えられた。葡萄農家を10年やってわかったことは、「葡萄」と向き合うことが自分は好きで、生涯葡萄にたずさわりかかわって行きたいということだ。
農業に取り組む上で大切にしていること、今後の目標など
「葡萄作業は、根気作業だよ。」と先人のお一人が教えてくれた。 立派な房もそうでない房も、その一房を作り上げるには何回も手を入れる。手作業の連続。だからこそ、どんな時もあきらめることだけはしたくない。いつも葡萄に対して最大限の努力を惜しむことのない「葡萄農家」になっていきたい。 謙虚な気持ちを忘れることなく、ブドウ作りに対していつまでも素直な気持ちを持ち続け、食べた人が美味しいブドウだったなあと、心と舌の記憶に深く残るブドウ作りをめざしていきたい。
就農希望者の受け入れ
見学、体験は事前にご連絡ください。
就農希望者へのメッセージ
・・・『無理だと決めつけて、あきらめた時点で道は閉ざされる』・・・
あなたがこれからやろうとしている農業はすべて「自己判断」「自己責任」の世界です。農業をやるうえで、自分で選択をしなければならない場面が沢山あります。悩むことが苦しくなるかもしれません。その苦しさから逃げ出したくなるかもしれません。
あきらめたらそこで「道」は終わってしまうけれど、あきらめずに、とことん悩んで、答えを自分で導きだしてください。そうしたら、その先の道が切り開けると思います。
悩むのも大事だが、悩むだけでは答えがでません。まずは農業体験等行動してみてください。家庭菜園始めるのもいいですし、または先入観をもたずに先輩農家に話を聞きにいったりするなど、農業の現場を実際に見て、聞いて、やってみることが大切だと思います。
ただし、情報過多の時代ゆえに頭でっかちにならないように注意してください。
メディア掲載情報など
書籍 ・新農民になろう(技術評論社) ・田舎暮らしの方法(明治書院) 雑誌 ・自休自足(第一プログレス)2009年夏号 ・KURA2013年11月号(まちなみカントリープレス) ・農業ビジネスマガシンVOL4(イカロス出版) ・信州の果実2013年1月号、2014年1月号 新聞 ・信濃毎日新聞2013年12月15日他2回
連絡先
農園主氏名
鈴木浩哉
農園郵便番号
399-7202
農園住所
長野県東筑摩郡生坂村北陸郷草尾
農園電話番号
090-2204-9858
農園ファクス番号
0263-69-3939
農園メールアドレス
info@kirari-f.com